荒川 君 ≫≫ 千葉大学(薬)進学 / 前橋育英卒(2010年)


現役時、センター5教科で70%、
浪人時、センター5教科で87%、千葉(薬)・慶応(薬)など全勝!

荒川 君 ≫≫千葉大学(薬)進学 / 前橋育英卒(2010年)

 

現役時代の荒川のセンターの結果は5-7で70%。国立薬学部には全く届かない場所にいた。したがって、前期中期後期は未出願。センター利用で東京薬科が取れていたが、私立一般では慶應(薬)と北里(薬)を受験。北里は補欠まで進めたが、待っても合格通知は届かなかった。
東京薬科に進学することも考えたが、「もう少しレベルの高い所へ行きたい」という自分の気持ちには逆らえなかった。両親もその気持ちに同意してくれて予備校選びが始まった。

 

高崎の代ゼミを見学に行った。見に行った印象は「代ゼミは悪くないな」と。その後、東進衛星前橋三河校の説明も聞きにいった。実は「荒川は、高2の終わりから東進衛星予備校の他の校舎に通っていた。

 

だから東進のデメリット・メリットは分かっていた。ただ、前橋三河校は他の校舎とは大きく違う点があった。それは、①浪人生主体ということ。②勉強時間の拘束があること。荒川は②の点に非常に惹かれた。というのも、現役時代、勉強時間にかなりムラがあったのだ。東進の授業の前後の自習が疎かになったり、帰宅後のTV(ゴールデンタイム)などだ。前橋三河のシステムなら一年間通して誘惑に勝てると感じた。ただ、現役時代と同じ方法で勉強をして伸びるのか?という疑問もあった。高3のときにも多めの講座を受講していたが、東進全体の授業種類のごく一部でしかないし、新たな講座に期待感があった。

 

受講プランは慶應と千葉を両方狙えるものを作り上げた。早慶大対策化学で化学をかなり仕上げることに成功。また今井の英語B組で英語長文を早く読めるようになってきた。

 

しかし、順調に成績が伸びていったわけではない。東進では4月→6月→8月 ・・・というペースでセンタープレを受験していく。右肩上がりを狙って勉強しているのとは裏腹に、得点はほとんどあがらない。8月でようやく少し上昇した。
この頃は国語と現社で伸び悩み「慶應一本で3教科に絞ってプランを組めばよかった」とも思っていた。転機は10月の模試。英語が170~180点で安定してきたのだ。11月の他社模試で国語・現社も上昇。12月の東進センタープレでも、トータル自己ベストを更新。

 

そしてセンター本番。2010センターはかなりの難化であったが、自己ベストの87.2%を叩きだしたのだ。

 

バンザイシステムなどで検索すると、群馬大医学科がB判定。医学部という選択肢が出現したが、「化学が好きなので薬学部」という気持ちに落ち着いた。

 

前期で千葉(薬)に合格。慶應(薬)・東京理科(薬)も一般で合格。一年前にフラれた北里は特待合格。以下の私立もすべて合格。全勝だった(千葉も得点開示でベスト5に入る上位合格でした)。

 

「とにかく、あの時、北里の補欠が来なくて良かったです。あの時補欠が来てたら進学してた」。

「同じ薬学部でも、上位の薬学部ならば薬剤師ではなく、大学院進学→創薬として大手薬剤開発職の道が開けます。これは医者の年収も上回る花形の職業です」と校長。

千葉大学の生活はとても充実したものだ。スキューバーダイビングサークルに入り、バイトもこなす。1年時は授業コマ数が少ないので、いろいろな事にチャレンジする日々を送っている。

 

~校長より~
荒川君は高校入試で中央高校(中央中等の前身)に不合格にての前橋育英 進学とのことでした。それらを払拭する結果を得られたと思います。「前橋育英卒の生徒が慶應大学を蹴る」というのは、伝説に近い事だと思います。それだけの事をやってのけた。後輩達にもどんどん続いて欲しいですね。
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Q 浪人生活はつらかったか?
「3月に予想していたほど、浪人生活はキツくなかった」という事です。生活にリズムができていたので、そう感じたのだと思う。次の日にやることが今日見えるので、それをこなす感じでした。
Q 現役時代と同じ教材を使って、なぜ+17%を達成できたのか?
「講座は現役時のも良かったですよ。やはり勉強量なのだと思います。なので現役時代に東進衛星に通っていた人がもし浪人を決意するならば、前橋三河校を検討するのは有りだと思います。」