石原 君 ≫≫ 九州大学 農学部 合格/ 農大二高卒(2017年)


現役時 センター5-7で63%、
一年後 センター5-7で80%!

石原 君 ≫≫ 九州大学 農学部 合格/ 農大二高卒(2017年)

 

石原は高2から映像授業の予備校Kに通い受験勉強を開始していた。サッカー部を夏に引退し、本格的に受験勉強に取り組んだ。農二の理系進学実績は旧帝大合格者は1~2名。石原はそこには遠い場所にいた。(農大二校の理系クラスにて50番付近の成績をうろついていた)高3のセンターは実力通りの63%。リサーチの判定では厳しい新潟大を受験。センターの得点が響き、不合格になっていた。日大に進学することは考えず、後期の発表の前に浪人を決意した。3月15日に前橋表町校の説明会に参加。当初は駿台や河合塾を候補に考えていたが、拘束制度が決めてとなり入学することに決めた。9:00~21:00という長時間の体制も、「多分できるな」という感覚があり不安は無かった。

 

入塾時の時の現実的な中間目標は、大阪府立・千葉大を見据えた。もし、体験記のようにかなり伸ばせたとしたら九州大学にチャレンジしたいと考えていた。

 

4月8日から拘束制度がスタート。すぐに友人ができて充実の生活が始まった。

 

英語においては、表町校の方針である構文学習をやったことで、英文が読みやすくなった。その後のストラテジーにてさらに構造を追求できたので二次英文の基礎が養われていった。

 

数学においては、勉強会やテーマ数学によって手ごたえを感じていたが、マーク模試ではうまく誘導に乗れず大きな得点上昇は起こせないでいた。夏までの時期で一番頭を悩ませたのはこの数学だった。東進センター模試の数学は他社模試や本番よりも難しいと判っていたので自分を責めすぎないようにしていた。

 

小説・化学・漢文は映像授業を受講したことで順調に伸ばすことができた。また手薄だった数学Ⅲも2つの講座でかなり伸ばすことができ、記述模試の数学の方は順調に伸ばしていった。

 

10月の東進マーク。前週の河合マークから、まさかの102点ダウン。普段平常心を心がけている石原でも流石にこの時は落ち込んだ。だが校長のOBガイダンスを聴いて、最後まで頑張れば大幅に伸ばせるハズだと すぐに前向きに切り替えた。

 

相変わらず苦戦している数学については、大澤福校長からいくつかのセンター演習の指示が出た。この特訓によって、センター誘導に乗る感覚を徐々につかみ始めていった。

 

12月にはすべての勉強をセンター一色にした。受験プランとしては74%以下なら新潟。79%以下なら大阪市立。80%に届いたら九州大出願を考えていた。

 

1月。石原は校舎の雰囲気が変わっていくのを敏感に感じ取っていた。食事時の会話も表情も、仲間の緊張感が高まっていった。だが、石原は敢えて緊張しないように平常心を心がけた。平常心でいられたのは「九州大でなきゃ駄目だ。○○大は嫌だ」 と背負わなかったからかもしれない。「昨年取れなかった新潟大は必達で、それは取れそう」という心境で勉強していた。センター前日においても、ガイダンスに頼るまでもなく、自分で平常心を保てていた。

 

ついに2回目のセンターの日を迎える一日目の英語で手ごたえを感じて、二日目の理数もいつも通りに解けた感覚で帰宅した。二日目の夜に自己採点入力を行った結果、トータルで80.4%!! 英語数学が90%を超え、理社を80%付近。苦手な国語は作戦通り現代文と漢文で稼げたことにより、自己ベストを叩き出せた。 

 

ここから九州大過去問演習講座に全力で取り組んだ。対策に充てる時間が限られていたが、地力がついていた石原は勝負できる状態になっていった。

 

2月25日。3教科ともある程度の手ごたえを感じていた。センター利用で明治大学が合格していたこともあり、不合格になる恐怖感はあまり無かった。

 

3月8日 合格発表は一人で落ち着いて見れた。絶叫でもなく、涙でもなく、落ち着いて周りに報告をした。

 

その姿がまさに石原らしかった。その落ち着きこそが勝因の一つであった。

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<本人より>

全教科とも映像授業の先生の方針+前橋表町校の学習方針で勉強しました。これから東進で学習するみなさんには、東進模試で一喜一憂し過ぎない事をお薦めします。東進模試は難しいですから、(復習としては得るものは多い)本番ではもっと出せるという希望をもって勉強をやり続けて下さい。そうすれば道は開けると思います。