相馬君・相原君≫≫早稲田大学 進学 / 前橋高校卒(2018年)


現役時、共に前橋高校の中で下位。
1年後、早稲田大学合格!

相馬君・相原君≫≫早稲田大学 進学 / 前橋高校卒(2018年)

 

野球漬けの高校生活。来る日も来る日も部活のことばかり考えていた。
相原も相馬も高校入学時から成績は下位から数えたほうが早いことは自覚していた。
でも似たような成績の仲間と部活に励んでいると、受験のことを考えなくても許される気がしていたのだ。
打倒強豪校、目指せ、甲子園。

 

しかしそんな日も高3の夏で終わり…
夏の大会後、受験に向き合わなければならない日が来た。

 

相原は私立に向けて3教科に絞って学習をしていたため、なんとなく間に合う気がしていた。早稲田にしぼり、ダメなら浪人を決意して半年学習に励んだものの結果は撃沈。周囲に浪人が多い環境もあり、浪人への切り替えは早かった。

 

一方、相馬は兄が野球部から東大へ現役合格をしていたため、自分も同じ遺伝子だからと高を括っていた部分があった。国立をメインに受験したが、センター試験で失敗。私大も全力で学習はできず、撃沈。現実を受け止め浪人への道を歩むことになった。

 

相原は浪人するにあたり、野球部の先輩の清水OBから前橋表町校のことを聞いており、早い段階で入塾を決意していた。
一方の相馬は、知人からの話で東進に対してあまりプラスのイメージがなかったが、念のため前橋表町校への説明会へ参加してみることにした。校長の話を聞くと、真面目に自分のペースで学習が出来そうであり、マイナスな印象は払拭され、好印象へ変わった。家から近いことや、他の予備校のような特待制度がないことも決め手となり、入塾を決意した。

 

こうして経緯は違えども、2人は部活の友人から受験をともに戦う戦友へとなる。

 

話し合った訳ではないが相原は現役時と同じく早稲田大学、相馬も悩んだ末、私大の最高峰である早稲田大学を志望校とした。

 

校舎での勉強生活は苦でなく“当然”という感覚で臨むことができた。12時間の拘束制度も賛成だったので普通に受け止められた。
学習を開始して、「東進にしてよかった!」と2人とも感じたのは、前半の基礎学習。特に英語の文法Ⅲと構文Ⅳを使った学習であった。高校の1~2年でやっているはずの内容だが、野球漬けの自分達にはさっぱり抜け落ちている部分であった。自分のペースで基礎学習から学べる東進だからこそ、英文の構文的な読み方を文法とリンクして学習できたことは、その後の長文講座:福崎先生のストラテジーの学習で大いに成果を発揮してくれた。

 

古文も栗原先生の基礎強化古文の授業で、品詞分解から丁寧に文章を読んでいくことの大切さに気付いた。高校では読解の練習をひたすらしていた記憶しかなく、古文を細かく分析する経験は古文の見方を変えてくれた。早稲田大学を受験し終えて感じたのは、古文の重要性であった。相原も相馬も口を揃えていったのは、「早稲田は古文ができれば受かる」。裏を返せば古文を疎かにすると受からないということであった。現代文がかなり難解であるのに比べ、古文は得点源にするのが基本スタンス。その基礎固めを早い段階で学習できたことが、2人とも国語という教科に対する自信につなげていくことができたのだ。

 

社会はそれぞれ日本史と世界史と科目こそ違ったが、1問1答を回し続け、通史の徹底理解に努めるという基本に忠実な学習を行った。現役時に時間がなくて出来なかった「繰り返す」地道な学習を飽きずに続けた。
相馬は秋頃になり早稲田の赤本を初めて解いたときに、最初は身構えていたが、易しいと感じる問題もあるとわかりホッとした。2割の難問ではなく8割の一般的な問題に完璧に答えていけることが合格の近道だと感じ、ここでもやはり基本学習の大切さを思い知った。

 

基礎学習を一通り終え臨んだ8月のマーク模試。相原は成績が4月からあまり変わらず落ち込んだ。でもペースを変えなければどこかで上がる、と信じて気持ちを切り替え、前を向いた。野球で直向きに努力してきたけど結果が伴わなかったときより、勉強は見返りがある気がした。だから結果が見えなくても前を向き続けられた。
相馬は常に平常心で4月から変わらないペースで学習を続けていった。

 

夏にはオープンキャンパスへも行き、春からの早稲田大学での生活に向けて熱を高めた。野球部員数名と一緒に行き、実際に大学の構内を見て、憧れがより強まった。

 

秋からは過去問をマーチレベルから解き始めた。前橋表町校でマーク模試の際に行っている失点分析を、私大の過去問を解いた際も行い、自分の苦手と向き合い続けた。早稲田の問題を解いた時も、「どういう知識が不足していたのか、何をすれば伸ばせるか、得点する必要があるか」などを、自己分析した。相原は「自分がどうすれば受かるのかを考えることを辞めないで、最後まで考え続けてほしい」という後輩へのメッセージを残している。センター試験も早稲田の対策も同じ。間違えた問題に対して、逃げずに向き合い続けていくことでしか克服をしていけないという姿勢は常に変えなかった。

 

そして迎えたセンター試験。相原はセンター利用私大でマーチを手中に入れていた。一方相馬は、国語で失敗。センター利用でマーチを取れなかった焦りがあったが、その焦りを全て私大対策にぶつけることで跳ね返していった。

 

相原の第一志望は社会科学部、相馬は商学部。それぞれ過去問の対策はギリギリまでやり続けた。模試の結果に一喜一憂せず、コツコツ努力を続けてきた。常に同じペースで脇目を振らず学習を続けることは、校舎の中で断トツに頑張れている2人であった。入試ではそれを出し切るだけ…
試験が終わり、発表が始まった。早稲田の他学部を受けていたが、不合格が続いていた。

 

そしてついに第一志望の合格発表。

 

電話アナウンスを祈るように待つ。

 

「お○○○・・・」

 

2人はそれぞれ自分が第一志望として必死に過去問に取り組んだ学部の合格をつかむことができた。

 

「おめでとうございます」の「お」のアナウンスを2人は忘れられないものとなった。

 

-完―

 

<担任より>
合格までの道のりを振り返りながら淡々と1年間の浪人生活について話す2人。校舎で学習をしている時も模試やテストの結果が出た時も、一喜一憂しないで自分の分析をしていく姿が印象的でした。仲は良いけれど慣れ合いにはならず、お互いの勉強時間を削ぐような関係性ではなく、お互いがお互いの道標となるような関係性を近くで見ていて羨ましくも感じました。
2人の合格は、基礎学習から逃げず、嫌わず怠らず積み重ねていった努力こそが、成果を結実させるのだと身をもって証明してくれました。そして自分の出来ないことから目を背けがちな生徒が多い中、苦手を潰すことを中心に最後まで粘り続けた2人の、絶対的な合格であったと思います。