田中 君 ≫≫ 北海道大学(総合理系)進学 / 前橋東卒(2012年)


現役時、群馬大工学部夜間不合格→北大 総合理系合格

田中 君 ≫≫北海道大学(総合理系)進学 / 前橋東卒(2012年)

 

浪人して10か月。センター試験前日になった。この日は午後からは校長によるセンター直前ガイダンスが行われた。センターの前日まで拘束制度で勉強してきて、いよいよ明日が本番である。校長から、センター当日の心構え、対処法を一通り説明があった。また、校長自身のギリギリに追い込まれた受験体験を聞き、「どれだけ勉強してきてもそういった極限状況が自分にも起こり得る。」と心配な気持ちもあった。おそらくそこにいた生徒全員がその恐怖をイメージした。重苦しい雰囲気の中、最後に校長が、応援歌としてある曲を紹介し流してくれた。「歌詞に集中して、自分の41週間を重ねて聞いてください」。田中はその曲を初めて聞いた。歌詞を見ながらこの41週間が走馬灯のように思い返された。

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10ヶ月前。田中が東進衛星の説明会に参加したのは、後期試験の直後だった。センター試験の結果が60%ジャストで、前期は群馬大工学部不合格。後期は群馬大工学部夜間を受験した。田中は後期の結果がどうであれ、浪人するつもりでいた(ちなみに後期も不合格だった)。田中の元に届いた黒色のダイレクトメール。他予備校より簡素なものだったが、体験記に惹かれた。中でも前橋東高校のOBの体験記は何度も読み直した。俺も「赤本を積み上げて千葉大学を合格する。」という目標を立てた。群馬大学から千葉大学へ志望校を上げた理由は、“浪人するからには志望校を上げたい・ディズニーランドでアルバイトしたい(笑)”など単純なものだった。

 

三河校の説明を聞き、拘束制度・自宅からの近さ・東高校のOBの成功者が多いことなどが決め手になり、他予備校とは比較せず入学を決めた。東進衛星の入学手続きは、全額事前に銀行振り込みという特殊なものだ。田中はたまたま親と一緒に銀行に行き、母親が振り込む瞬間に立ち会っていた。今までに見たことがない一万円札の束が視界に飛び込んできた。大金を振り込む母を見て「今年死ぬ気で頑張らねば」と誓った。田中は勉強時間中に一度も寝ることなく、欠席することなく、日曜日もすべて登校した。

受講も8月末にはほぼ終了する勢いで、9月から大量演習できるように全力で学習した。しかし、成績は簡単には上がらなかった。8月の模試で成果が出なかったのだ。模試後に落ち込んだ田中を励ましたのは多くの予備校内の仲間だった。昼食夕食休憩などを通して、田中には多くの友人ができていた。決して足を引っ張るような関係ではなく、お互いをライバルとして戦友として高め合う仲間だった。9月かはら仲間のO君やS君達と予備校が開館する前に7:00にマックへ集合して9:00まで勉強することにした。これにより正味勉強時間が13.5時間へ激増した。勉強時間も、週80時間を超えた。やりたい学問が見えてきた事もあり、志望校を北大に上げることにした。秋以降、副校長の大澤先生と相談しながら二次教科を中心に学習し、12月から一気にセンターモードに切り替えて勉強した。この41週間は、高校時代には考えられないほど勉強に集中してきた。

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曲が終わると、自然と涙が流れた。周りの生徒たちに気づかれないように抑えたが、言いようのない感覚にとらわれていた。本番前日にして「充実した浪人生活だった。」という達成感に近い気持ちだった。多くの受験生・保護者の方は、「成果の出ない受験勉強は 無駄。残念。失敗。」と評されると思う。しかし、田中は明日の結果がどうであれ、これだけ頑張れた自分に満足して晴れやかな気持ちで涙していた。田中だけではない。ブースのあちらこちらですすり泣きの声が聞こえてきた。みんなも同じ気持ちだったのだ。それぞれの生徒に苦悩の日々があり、それに押しつぶされそうになりながら励ましあって今日まで教室で勉強を続けてきた。

田中:「校長の勉強会・ガイダンスは綺麗事ではなく、生徒の不安苦悩の気持ちを感極まりながら鋭く描写・応援してくれる。その迫力にみんな感動してました!」

 

二日間のセンター試験が終わった。結果は79%でまずまずだが、北大換算では75%になってしまう。センターリサーチでは、DやEが並ぶ。田中は千葉に戻すべきか悩んでいたが、校長は「北大を受けてみろ」と背中をプッシュした。「本人の秋以降の北大プレと過去問10年分の各教科平均点をすべて計算し、通常のパフォーマンスを発揮すれば逆転できると計算していました。」と校長。田中は出願を決意し、出発の日まで全力で勉強した。校長の読み通り、田中は二次で高得点を叩きだし、余裕をもって合格した。合格開示ではかなり良い順位での合格だったのだ。

 

3月16日。この日が予備校に来る最後の日。校長から大学生活におけるアドバイスや、受験勉強の総括などが伝えられた。荷物の整理を終え、写真を撮り、それからみんなでカラオケーパークサイドになだれ込んだ。そしてみんなで “あの日の曲” を歌った。事前に準備や練習をした訳でもないのに、20名以上の男女が生徒が自然に肩を組み、マイクも使わず大合唱になった。まるで部活の引退式のような雰囲気で田中の浪人生活はピリオドを迎えた。

~完~

 

<田中君から後輩へ>
この一年間は、とても充実していました。勉強は大変でしたが、つらいという気持ちはなく、充実した日々でした。三河校の環境(スタッフ・仲間・制度 etc)がそう思わせたのだと思います。自分の合格は、一人では掴めなかったと思います。たくさんの仲間、とりわけ朝マックを引っ張ってくれたO君と共に勝ち取った合格です。一生の仲間ができました。これから三河校で頑張ろうとしている方も是非高め合う友人を作ってください。